ハであらわされる主題っぽいものを本当に全部主題という名でくくっていいのか、それは先入観に従っているだけではないのか、というのを考えている。

 

日本語の省略がわかる本―誰が?誰に?何を?

日本語の省略がわかる本―誰が?誰に?何を?

  • 作者:成山 重子
  • 発売日: 2009/02/01
  • メディア: 単行本
 

 を読んだせい。大部分は説得的で、いい本だと思った。

名詞述語文の主語はなぜハの方が普通なのか、ということを考えても、通説が疑わしく、まったくいい案が思い浮かばない。運動動詞述語文の中でガ格がハになったものと、ヲ格がハになったものの一部は同じ意味で主題とは言えない、というのは

 

日本語の「主題」 (ひつじ研究叢書(言語編) 第100巻)
 

 が発見した。堀川は同じ主題の名のもとにくくることを選んだが。なのに、名詞述語文などの運動動詞述語文以外の主語のハが、運動動詞述語の主語のハと同じ意味で主題と言えるのか、今私は根拠を見失っている。

名詞述語文と属性叙述文は同じではない。しかし属性と言えない名詞述語文でも主語はハになる。属性叙述文の主語もそうであることによって即自的に主題になりがちだとは言えない。そして主題とハもイコールではない。ハは主題のすべてではないし、ハは主題以外も表す。

ハとφとガがその位置で対立しているのはよい。下地理則の提唱する通り、

 

日本語の格標示と分裂自動詞性

日本語の格標示と分裂自動詞性

  • 発売日: 2019/04/11
  • メディア: 単行本
 

ガは非主題を積極的に示すマーカーであろう。だが対立しているのはそれだけではない。これも下地の言う通り、ハは主題のすべてを表すわけではないので、ッテ、ナンテ、トハ、ナラ、ッタラという順接仮定条件や引用表現由来の形式と、主題の側で対立がある。ここにほかの引用表現由来のトイエバ、トキタラなどを入れなければ閉じた対立をなしているはずだ。どこまでが義務的な対立なのか。ッテ以外も

 

引用形式を含む文の諸相 ―叙述類型論に基づきながら
 

 岩男考哲が注力しているが、まだ読めていない。ちなみに藤田保幸が死んでいたことを最近何かを読んではじめて知った。

この部分を突き詰めない限り、ハを主題と簡単に言うことはできない。限定付きの主題であり、それが明らかにされねば、対比やその他の用法を含めたハの単義説は進められない。

これはこの筋とは関係のない話だが、ハ・φ・ガは主題以外でも、まずモとも対立している。モが主題かどうかというのはよく言われるが、そうであるときもそうでないときもあると言うのが正しいだろう。そして、ほかの副助詞では、限定・その他否定の側は全く対立せず、接続が微妙なサエを除くと、クライとデモもガと対立する。ナンテは主題の側に入れたのでここでは挙げない。クライとデモが主題かどうかはテストしにくいのだが、そしてそれはクライ・デモが立ちうる格と述語に大きな制限があるからなのだが、そしてそれゆえガとの対立が分かりやすいのだが、恐らく非主題でよいだろう。ハ・φ・ガは主題形式群以外では、これらのその他否定でない形式たちと対立している。

ただ、こっち側の筋でわからないのはシカである。形態的には間違いなく対立している。「以外」などの形態は、ハ・ガも承接しうることから、対立していないが、シカはその他否定でも対立している。シカが主題の場合があるとは思えないが、モのこともあるので、きちんとかんがえなければならない。まあ、どっちにしろ、こっちの筋はいい。