危機と人類(上)

危機と人類(上)

 

 

 

危機と人類(下)

危機と人類(下)

 

 をぱらぱら立ち読みした。

日本に必要なのは「公正な自己認識」と書かれている。本当にその通り。何事につけ実態把握ができていない、外国との比較をしていない、今の日本っていつぐらいからこうなったのかなあ。昔から?

ダイアモンドの本が外圧になることはないかもしれないけど、これを読んだ人たちが、このままじゃまずいよねって思うといいなあ。

で、隣を見たらピンカーの本も置いてあって

 

21世紀の啓蒙 下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩

21世紀の啓蒙 下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩

 

 買いたいなあっておもったけど、お金がない。

 

格助詞「ガ」の通時的研究 (ひつじ研究叢書 言語編)

格助詞「ガ」の通時的研究 (ひつじ研究叢書 言語編)

 

 の感想の続き。

ガが主格っぽいものに文法化するのに時間がかかりすぎている気がする。ノダ・可能動詞・タ・ダケ・下二段の一段化などなど、どれも定着するのに200年くらいで済んでいるように思う。それに対してガは中世・近世全部かかっている。ヲもそんなにかかっていない。上代では対格ではないのだろうが中古には対格になっている。

何か変だ。ガ途中で主格とは別の何か(絶対格とかなんとか)で安定し、そのあと近世から主格になった、とか。

comic city大阪119に参加してきた。

お買い上げいただいた方々、本当にありがとうございました。

ただ、この売り上げは、9月のartism marketよりも悪かったし、10月・12月のギャラリーソラトよりも悪かった。

やはり購買層がもっと絞れるイベントの方がいいということだろうか。人数でいえば、10や100のサークルが参加するイベントであれば購買層がいない可能性が高いが、10000を超えてもダメだということか。多いとかえって探されない可能性も高くなる。適当な広さで、客が全てのサークルを見て回れるくらいのがいいのだろう。そして、客層はアングラやゴスやサブカルや、オタクのメインストリームではない方がいいのだろう。

以前はリョナだけのリョナケットというのがあったらしいのだが、そういうのがいいのかもしれない。艶惨は開催者が出品者を招待・指名しているそうであるから、まあ、無理である。あとは、リョナとかグロとか、そういうのに私が耐えられないので出品中に私が参る可能性もある。私が見て大丈夫なのは美少年が殺している絵だけである。偏っている。

あと、SNSでcomic cityの参加者の写真を見ていたら、もろに私が写っているのが何枚かあった。恐ろしい世の中だ。顔を覆って参加していてよかった。

絵の構図がやっと決まりそう。9月末からかかっている。何をもめているかというと、後光。最初は家畜をどう殺すのか、服装をどうするのかで悩んでいたのだが、それは11月頃で決まった。それから延々と後光で悩んでいた。そして、液晶タブレットクリップスタジオを使いこなすのにもてこずった。クリップスタジオよりもGIMPのほうがいいことがあるし、ワードアートの方が使い勝手がいい時もある。多分まだクリップスタジオの機能を知らないのだろう。

正月、絵を描くぞーと言っていて、どうなったかというと、風邪を引いた。

鼻風邪だが、喉にも多少来ていて、昨年の喘息の再来になりそうで怖かった。少し喘息っぽい感じはあるが、慢性的ではないので、少し安心している。

風呂にも入れず、家族が旅行に行っている間は、とにかく粥とポカリばかりで過ごした。

何をしていたか、何ができたかというと、本を読むことだけである。

 

格助詞「ガ」の通時的研究 (ひつじ研究叢書 言語編)

格助詞「ガ」の通時的研究 (ひつじ研究叢書 言語編)

 

 著者が私より結構年上で驚いた。私はずっと、私より若いと思っていたから。本当に著者の名前や素性を覚えるのがいい加減だ。無助詞がガに置き換わっていくのをつぶさに観察しているのは本当にすごいし、その説明もおおむね首肯できるのだが、なぜノではなくガだったのかが今一つ納得できない。主格対格システムで主格が有標であるという変なシステムが出来上がったのを、無助詞が多義的だからこのままでは困ったから、というので処理するのは納得できない。非対格述語からガが表示され始めたという事実は、本当に奇妙な気がする。そこは現代の口頭言語では典型的に無助詞でガもハも入らないから。であれば、中世末期~近世初期の資料は話し言葉的ではないのだろうか。二重主語・「対象語」などの表示がどう変遷したのかも詳しく知りたかった。

 

 ひつじ書房なので致命的に校正が悪い(セールで買っておきながら言うのも気が引けるが。)というのもあるだろうが、文章が読みにくい。これは著者の癖だろう。文章の流れや接続助詞の使い方がよくない。シカ成立の上での否定語の変遷との関係は憶測の域を超えるものではなかったように思う。統語的位置から取り立て詞を分割すべきというのはその通りで、統語的位置と格助詞の意味・範列が関係しているというのはその通りだと思うが、格助詞の後ろの副助詞の更に後ろにつくシカなどが、だから係助詞だ、というのは飛躍であるし、その範列範疇を提題とするのは無理がある。中古まではなかったのに、全ての方言にシカ類が存在するようになったというのは、本当に変な現象だと思う。一つの方言で成立した範疇がほかの方言に伝播し、各方言で似た意味の形式が採用された、というのもあり得ないように思う。いや、ありえるのか?シカも奇妙で、多義がないのは本当におかしい。取り立て詞で単義なのはシカだけではないのか。あと問題だと思うのは著者の取り立て詞分解の提言がほかの現代語の論者に全く広がっていないように見えるところだ。日本語文法の全体像を説いた本・全集が日本語記述文法研究会以来、10年出ていないのは気のせいか。理論面の停滞はよく言われるが記述面も10年分進展しているのか。進展していないとすれば、昨今の文系への予算カット・ポスト削減が関係しているのだろうか。

 

転換する日本語文法 (研究叢書)

転換する日本語文法 (研究叢書)

 

 再読。ル・ラルの可能は可能ではなかった、ル・ラルはやっぱりボイスでモダリティを表すのではなかった、と言っているのは、本当にすごい。であれば、自発とは主語の望不望のみで対立する可能は可能と呼ぶべきではない。一般尊敬と主催のつながりもすごいのだが、やはり主語が特定できない公尊敬は主催と呼ぶべきではないと思う。主催者も、恐らくは行為者も特定できない行為の発生であろうから。そして、やはり受身の歴史が書かれていないのが惜しい。

 

日本語と世界の言語のとりたて表現

日本語と世界の言語のとりたて表現

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: くろしお出版
  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: 単行本
 

 野田2015を読んでさっぱりわからなかったので、これを読めばもう少し詳しく書いてあるだろうと思って読んだのだが、だめだった。限定・極端・類似はその通りだと思うが、反の類がさっぱりわからない。反限定と類似、限定と反類似がどう違うのかとか、反限定に序列があるのはなぜかとか、さっぱりわからない。近藤泰弘2001や小柳智一の体系と比べてどう優れているのかもわからない。

 

言語はどのように変化するのか

言語はどのように変化するのか

  • 作者:Joan Bybee
  • 出版社/メーカー: 開拓社
  • 発売日: 2019/07/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 人の名前が外国人名になると破滅的に勘違いが増す。Bybeeの旧姓をHooperではなく Hopperだと思っていて、他動性とかのHopper&Thompsonの人だと思っていた。全般に無茶苦茶勉強になった。いろいろおろそかにしてたなあ。訳注はどうにかしてほしい。必要なところになかったり、必要でないところに大量にあったり。索引を削減したのも問題だと思う。

 

 後半部分はどうでもいい。中国語の上古音の再構がすごく気になる。インドヨーロッパからの借用だ、で全部行くのか。古代中国文明のかなりの要素を、独自に発生したものでなく、インドヨーロッパから伝わったものだ、とするのは、最近よくみられる

交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史

交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史

 

 し、その議論に納得するところもあるのだけれど、どうなんだろう。

 

昨日、来月コミックシティ大阪に参加するので行ったこともないインテックス大阪

www.akaboo.jp

までの道を確認しがてら、ギャラリーソラトさん

blog.goo.ne.jp

から作品を搬出した。今日一日、体が激痛で寝込んでいた。

新大阪からインテックスまで1時間は見なければいけないことが分かる。駅からかなり歩く。足が結構きつい。地下鉄などの乗り換えはほぼ階段なので、それもきつい。

ギャラリーソラトさんでは、イラスト集が売り切れていて非常に驚く。ポストカードが売れていなかったので少し落ち込む。大変お世話になった。

今からコミックシティの準備と新作の作成に取り掛かる。